そこに足を踏み入れた瞬間、身体の中に温かな空気が入り込むような安堵感を覚えました。
春にリニューアルオープンするショップ看板のご依頼を受け、イメージを膨らませるために『深川江戸資料館』を訪ねました。
松尾芭蕉や平賀源内が暮らした歴史ある町、江東区深川。
そこで暮らす人々は「粋」であることを大切にしたと言います。
『深川江戸資料館』は、江戸時代末期の深川佐賀町の町並みを実物大で細部にわたり再現している下町情緒あふれる空間です。
日の出ともに朝の光が輝き、雨戸を開ける音、朝食を用意する包丁の音、鶏や雀の鳴き声、あさり売りの声などが聴こえ、夕暮れから夜のとばりへと色が変化する中で、犬の遠吠えが響き、船宿に灯がともる。
江戸の町にタイムスリップしたように照明や音響まで町の風情が演出されています。
そこに住んだこともないのに、なぜかとても懐かしい感覚が湧きあがりました。
江戸時代の長屋は濃密なコミュニティが構築されていて、大家さんは全世帯の面倒を見て「親も同然」と呼ばれた世話役だったそうです。
貧しい中でも助け合い、お醤油の貸し借りというような、現代では失われつつあるご近所付き合いが色濃く残っていた時代。
約20軒がひしめき合う長屋に共同トイレと、ゴミ捨て場、井戸があり、当時は水を汲むのに時間がかかったため「井戸端会議」という言葉も生まれました。
各戸の入り口の障子に書かれた住人の名前も大家さんが書いてあげていたとのことです。
文字が書けなかった人もいたからとのことですが、江戸時代の人が読み書きを良くしたことは幕末の日本最初の英語教師であるアメリカ人の言葉に表れています。
『最上級から最下層まであらゆる階級の男、女、子供…は紙と筆と墨を携帯しているか、肌身離さず持っている。すべての人が読み書きの教育を受けている。』(ラナルド・マクドナルド)
風景の中には手書き文字がそこここに溶け込んでいました。
人の手の温もりが伝わる美しい筆文字が目に優しく届きます。
「椀と箸 もってきやれと 壁をぶち」「隣の子 おらが家でも 鰯だよ」など、当時の暮らしを物語る川柳も生まれました。
そんな深川は大きな清澄通り沿いに、今では珍しい鉄筋コンクリート造の長屋が建っており「清澄長屋」と呼ばれ親しまれています。
築80年を経た現在でも店舗兼住宅として人気を博し、数々のお洒落なカフェやベーカリー、ギャラリーやセレクトショップなどが出店を願う人気のエリアです。
(出典 www.panoramio.com)
ここでこの春オープン予定のオーナー様は、昨年、隅田川沿いにあるアンティークショップ『タロス』で行われた『音屋の古着屋』ライブで私の書をご覧になり「文字の躍動感が頭に残り…」と、ご依頼下さいました。
歴史と現代の融合したこの地域を慈しみ誇りに思っていらっしゃる方です。
私の住む世田谷でも、これまでご依頼を受けたお店のロゴや商品名は、イメージをしっかりと伺ってお客様の気持ちに寄り添い表現することを心掛けてきました。
この日、江戸深川の人々の人情味あふれる暮らしの追体験をして、現在ここに暮らし、この地を愛するオーナー様の熱い気持ちを伺うことによって少しづつ文字の造形が立ち上がってきました。
この感動を胸に、この街に息づいて浸透するような書を共に創り上げることが出来たらと思います。
次回のブログは、外国人留学生の着付けイベント「世界への架け橋」シリーズvol.6に続きます。
今回も、日本文化に触れ、 着物美人に生まれ変わった留学生達で大変盛り上がりました。
どうぞお楽しみに。
photo by mori yuko
下高井戸にある書道教室