2014.11.10
11月10日 手で書くことの意義 

 

 

 

尊敬する書家の岩見屋錦舟先生が書道教室にいらして下さいました。

 

 

 

 

 

 

この日は書道師範の友人で教室を手伝ってくれている横山裕子先生も同席。

子供達はいつもと違う雰囲気に少々緊張気味です。

しかし、明るく的確な岩見屋先生のご指導をいただいてとても充実したレッスンになりました。

 

 

 

 

 

筆の持ち方から筆づかい、字形の取り方など一人一人丁寧に見ていただき、見違えるような作品に仕上がって、終了時には生徒全員で「ありがとうございました!」と弾けんばかりの笑顔でご挨拶。

私も生徒さんへの声掛けや良い作品の選び方など指導法について多くのことを学ばせて頂きました。

 

 

 

 

 

 

私の出身地、山口県岩国市を拠点に活躍されている岩見屋先生とは、私が岩国で書を学んでいた時からの長いお付き合いで、岩国や東京で書を通じて親しく交流させていただいています。

先の連休にはお宅にお邪魔して貴重なお話を伺いながら、書や写真などを拝見させていただきました。

 

 

 

 

 

 

岩国の名勝「錦帯橋」のたもとに広がる吉香公園内のご自宅にて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

公園に点在する石碑の書も数多く手掛けていらっしゃいます。

これからの時期は紅葉狩りの観光客の方々でお宅の周りは大変賑やかになるのだとか。

 

 

 

 

 

先生は書家として華々しいご功績を残す傍ら、歴史ある錦川鵜飼宗家としてもご活躍されました。

高校の書道教諭としても長年に渡り教鞭を執られ、そのお仕事が一段落されてなお岩国、東京間を頻繁に行き来していらっしゃるご多忙ぶりです。

 体力維持のために公園内にある標高200m余りの城山に毎朝欠かさず登られているとのこと、本当に頭が下がるばかりです。

 

 

 

 

 

 

想いが伝わる手書き文字のポスターや、端正な楷書の木簡など素晴らしい作品の数々。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その中でも非常に感銘を受けたのはこちらの木版に書かれた書の写真。

岩国市と錦町を結ぶ「錦川清流線」(11駅)の駅名と、車窓から見える美しい滝の名前を揮毫されたそうです。

「駅の看板が全部、毛筆の手書きで書いてある鉄道は日本でもここだけではないしょうか。」とのお話でした。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

看板の役割として必要な読みやすさを満たした上で、古典の鍛錬に基づいた造形の美しさと、格調の高さ、そしてほんのり香る遊び心。

磨き上げられたヒノキの板(縦50㎝×横100㎝)がお仕事場に搬入されてから時間をかけて木と対話し、先生自身が実際に訪れて感じたの駅のそれぞれのイメージを書体を変えて表現されたそうです。

 

先生は、古典の書法をふまえた芸術作品をベースにしつつ、書道パフォーマンスなども数多く披露され、紙以外のいろんな素材に対して自由に表現することに常に取り組み続けていらっしゃいます。

その歩んでこられた壮大な道から学んだことを、私も皆さんに伝える努力を重ねたいと意を新たに致しました。

 

 

 

また、「錦川清流線」は「ここは自然美術館」というキャッチフレーズがあるように、エメラルドグリーンの帯のような錦川に沿って四季折々の景観が楽しめる可愛らしい鉄道路線。

 子供の頃、「南桑(なぐわ)」でよく川遊びをしていたことを思い出しました。

 

 

 

 

そして、見れば見るほど引きつけられる駅名の書の美しさを実感するためにも、いつか清流線に乗って小さな旅をしたいなと楽しみも一つ出来ました。

 

 

 

 

 

 本来「書」とは、空間に〝気〟を与えるもの。

私はここ数年、音楽ライブで書の空間演出をすることに携わっていますが、参加した方から新たに書のご依頼をいただくことが多く、それはやはり場になじむインテリアということではなく、文字の力によって緊張感を吹き込み、精神の覚醒や気迫を伝えることを求められているのだと感じます。

 

また、手で書くことは気持ちを伝えるツールでもあります。

お世話になった方へ色紙に寄せ書きをして差し上げれば、みんなで丁寧に手書きをすることで「心から感謝しています」といった強い気持ちが、品物を送る行為以上に伝わるでしょう。

 

学校や書道塾ではお手本通りにきれいに整った字を書くことを習います。元気一杯で紙面からはみ出してしまったり、形が崩れていては良い点数がもらえません。そのことで、苦手意識やコンプレックスを持つ方も多いことと思います。

もちろん綺麗に書くことは大切ですが、相田みつをさんのような「うまへた」と称される楽しくも感動的な書が人気を博していたり、「弘法筆を選ばず」と崇められた日本の書の第一人者、弘法大師空海(774~785)でさえ、こんな神秘的な書を書いていたりします。

 

 

 

 

 空海「雑体書」

 

 

上手い下手ではなく、人間性を一生懸命表現すること。

そこに魂が宿り、見る人の心を打つのだと思います。

「心を込める」ということは、想像以上のパワーを発揮します。

携帯やメールではなく手で書く。

手書きで書く機会が激減している今だからこそ、その意義が見直されているのではと感じています。

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